高齢者医療の倫理―高齢者にどこまで医療が必要か

高齢者の医療問題は、高齢者医療制度ができてから、財政的制度的な点で論じられる事が多い。しかし、著者の挙げる高齢者医療の問題点は、日常の高齢者医療のただなかにいる私としては、早急に国民的合意を得て、必要ならば、法的整備も行われる必要を感じている。特に問題となるのが、要介護状態の高齢者に対する医療での、治療内容の決め方について、誰が、どういう基準で、決めるのかという事である。日本では、高齢者の医療は、家族が決めており、そこでは、現行の健康保険医療の範囲で、最善最高を尽くす事が当然のように考えられている。とくに、高齢者収容施設では、特別養護老人ホームや有料老人ホームを問わず、職業的介護者が看取りを忌避しているのが現状で、救急搬送を含めて、医療施設への転送が頻繁に行われている。そのことが、日本の医療を崩壊を早めている。日本においては、生命を存続させる事が、何ごとよりも優先すると考える人が多く、リビング・ウィルを表明している人は稀である。高齢者の肉体的生命は、世界に冠たる水準になっているが、そのことを、むしろ悲しむ。ＱＯＬの改善が見込めない高齢者では、侵襲か非侵襲を問わず、医療は、苦痛を和らげるための方策に限り、根治は目指さない（根治は幻想なのだから）事にしてはどうだろうか。著書が出版されて、10年経った今でも、著者の提起された問題は、なんら解決されていない。高齢者には、高齢者の特性に見合った医療がある、という、医療者には、当然の事すら、国民的にも、行政的にも、理解されていないのが現実ではないだろうか。 医療は、全ての国民が平等に施されるべきであるという迷信の呪縛から、国家と国民が、解放されることを願う。